ふっ切れたひとり遊びを―山賀ざくろ「えんがちょ」

 (2002踊りに行くぜ!!Vol.3 大阪公演 @Theater dB「えんがちょ」)

ライター/高以良潤子

 山賀ざくろの作品「えんがちょ」を見て反射的に「ずるい」と感じた。ベージュのチノパンのすそからオレンジ色の靴下をのぞかせたいでたち。「だめさ」「情けなさ」をマンガ的に感じさせる、コマネチなどのネタを交えたコミカルな動き。全体に抑えた哀愁が漂いながら、「うだつの上がらない」という言葉が似合う男が、自分の世界で遊んでいるように見える。山賀自身アフタートークで今回のパフォーマンスを「ひとり遊び」と語っていたが、ささやかに、しかし確実に本人が楽しんでいる動きが続いていく。

 音楽に合わせて山賀は円を描く。その円は、子どもたちが放課後に校庭や公園で遊ぶ時、お互いに自分の陣地を決めて、一歩でもその境を越えたらだめ、とルールを決めてつくった陣地のようだ。自分の陣地を決めて、その中で自分ひとりの世界や王国のようなものを構築していくための線引き。描く円で現実世界は切り取られ、ステージの上は山賀ざくろがスターとして輝く世界と変わる。切り取られた世界のなかで、山賀の動きは一種のカリスマ性さえ帯びている。山賀の動きに思わず笑ってしまいながらも、私はひとり遊びに共感して一緒に楽しむことは難しかった。山賀の使うネタが、世代が違うと理解しにくいものだったことも一因だと思うが、それに加えて、切り取られた世界で山賀が放つ、独自のカリスマ的なオーラには一種の媚びが含まれているように感じられた。ひとりで遊んでいるなかに所々、「ここで笑ってほしいな」という、観客に対する思いが見え隠れする。純粋に最後までひとり遊びだという突き抜けたものが感じられたら、ネタがわからない箇所にも引き付けられ、またさらに多くの人間に対して発信される表現になったのではないかと思う。

山賀のパフォーマンスは、切り取ってきた自分自身の世界を舞台上に丁寧に現出させようとするタイプの表現であり、その方向性はとても興味深かった。今後、舞台上にさらに密度の高い独自の世界を構築していくのか、それとも観客の目を強く意識し、観客に向かう表現に変化していくのか、どんなかたちで勝負していくかに注目したい。舞台上で完結する形と観客を巻き込む形、どちらの方向性においても、より完成されたひとり遊びをつくることができれば、多くの観客とのより深いコミュニケーションにつながるのではないだろうか。