「胸がきゅうっとなる繊細さ」―北村成美「ラベンダー」

 (2004/8/17 ユーモアinダンス 東西バトルAプロ @ART COMPLEX 1928

ライター/高以良潤子

  スカートをまくりあげて、おしりを振って、キックが炸裂して、客席に踏み込んで観客にガンをつけて(本人の言葉では「カツアゲ」)。「女の子」や「女性」なら、隠してしまいたい部分、ちょっと躊躇してしまって思いっきり出せない部分を、北村成美=通称「しげやん」は余さず出す。気持ち良いくらい出す。そんなしげやんの踊りを観て、観客は笑う。しげやんは、カッコよくて、圧倒されるくらいパワフルで、たくましくて、元気なダンサーだった。今までそう思っていた。でも「ユーモアinダンス 東西バトルAプロ」でソロ作 品「ラベンダー」を踊ったしげやんは、とても繊細で、胸がきゅうっとなるくらいかわいかった。 

 舞台上手奥にたたずむしげやんがゆっくりと立つ。ピアノ、 雑踏の音。黒いスカートの裾を口にくわえて、スカートをどんどん顔の方に集めていく。紫色で、花の飾りがついたパンツが見える。
 音楽がテンポのよいものに変わると、腰が入って、目が据わる。演歌調とでもいうような迫力のあるしげやん。客席に踏み込んで観客の目の前でスカートをまくりあげる。観客の手拍子に合わせてスカートを紫色のキラキラのかわいいブラの中に入れて、全身を使って飛ぶ、投げキッス、力強く、爽快に舞台を 駆け回る。よく知っている、にぎやかで元気なしげやんだ。
 しかし再び雑踏の音が入ると、動きが繊細なものに変わる。半分目を閉じて口を開けて、口で息をする。つま先立ちをして、不安定に、かすかに左右に揺れている。スカートを脱ぐ。ちょこんと座って、動きは小さく、どこかしん、とした空気が流れている。息ができないような表情、泣こうとしているような表情。上を見上げて、正座したままで。あやうい感じ。みずみずしいいきものが、たしかに息づいている感じのしげやんから目を離せない。この作品、この振りは前にも何度か見ているはずなのに、以前は感じたことのなかったみずみずしさ、繊細なピアノと同じくらいの繊細さが伝わってくる。ふだんは皮膚に隠されているヒトの中身にじかに触れそうな感じ。
 下を向いたままかすかに揺れながら、手をゆっくりと動かして、指で手や腕を確認するデリケートな動き。触れたらこわれて崩れ落ちてしまいそうな無防備さ。ぎゅっと抱きしめてあげたくなるけれど、力を強く入れたらぐちゃっとつぶれてしまいそうで怖い。
 後ろ向きに立って胸をそらし、両腕でゆっくり身体を抱きしめる、おしりをなぞる。後ろ向きのまま両手を広げて空をつかもうとする。さらに背中を沿って顔を客席に向け、上下逆に見える顔は、口元がわずかにほほえんでいる。泣きそうなみずみずしさに、激しく踊った後のすがすがしさが加わり、ちょっと安心したような、何ともいえない表情。その口がぱかっと丸く開いて、暗転。
 最後に口をぱかっと開いたことでまた元気な仮面をかぶったしげやんは、カーテンコールで鮮やかに笑っていた。その笑顔は、マラソンを走りきったアスリートの笑顔のようにすがすがしく美しかった。

 ラベンダーは、紫色のかわいい花だと思っていた。でも当日配布されたパンフレットによると、「ラベンダーは、大群で咲く香りの強い花。大地にしっかりと根を張りながらも、小さな虫や風にいつも揺らされる花」なのだそうだ。それを読んで、たくましくて繊細な今回のしげやんにぴったりだと思った。
 今年の春に首を痛め、予定されていたダンスマラソンの開催を延期し、しばらく入院し、療養していたしげやん。復帰第一弾だという怖さはもちろんあっただろうし、観客の期待もとても大きかっただろう。でもそんなことはもうどうでもよくて、この舞台では、ただしげやんがすごくかわいかった。胸のあたりがきゅうっと舞台の方に引っぱられて切なくなった。しげやんの強い部分、元気な部分、それから繊細で不安な部分。いろんな顔をもつ立体的なしげやんが舞台に乗ったことが、感動を生み出したのだと思う。